ドッペル原画展

愉快


今年の春、一方通行の長くて広い道を
自分だけが一人逆走している風景を見る
逆走を辞められない事に恐れながらも
警察のいないその空間で
自分が捕まることは決して無かった

「2015/4/14

 正しい方向へ歩く人間が
 自分の横を過ぎる時だけ
 スマートフォンから視線をずらし
 イヤホンを外しながら
 僕の顔を無表情で眺めるのが怖い」

と日記に書いてあるのを見る
不安になって日記を閉じて
Twitterをする、
日記と同じ事をツイートしたら
10000リツイートされて炎上した
意味が分からなくなってTwitterを辞めた

やる事が無くなり毎日逆走を続けていたら
いつのまにか正しい人間は、
逆走する人間を、
眺めるだけでは気が治まらなくなった様で
すれ違いざまに針を刺してくるようになった
針を刺される感覚が気持良くて
逆走するのがもう絶対に辞められなくなった

夏が来て、
体は針だらけで壊れそうになる
一体自分は何故この道を
進んでいるのだろうかと考えるようになった

道を進んでも進んでも何も見えず
聞こえるのは奇妙な笑い声と
聞きたくもない暴論だけだった

気持ち良い感覚は既に麻痺し
刺された部分からは
腐敗した自分の内肉が崩れていて
針の先には毒が塗られていた事に気付く

自分とは反対方向に進む人間が
日に日に増え
人混みによる圧迫死を考えていたら
眼球を針で刺された
最後に見た針の先端の奥に映る顔が
自分が以前生きた胎内の持ち主だった


今年の秋の事はあまり思い出せない
今年の冬の事もあまり思い出せない

今年一年について振り返ることが出来ない

それはまるで道の途中、
正しい人がすれ違いざまに自分の耳元で
何か囁くように言葉を零した時
咄嗟に振り向く様な瞬発力、
あるいは零した言葉に対する興味、
関心、意欲、好奇心、
そういう物の衰えと同じ事である様に思える

眼球を刺されてからずっと
向こう側から来る人間が
すれ違う度に何か囁く

咄嗟に振り返り
言葉を追いかけ道を引き返せば
今迄とは違う方向に進みながら
誰かに針を刺してしまいそうで怖かった

言葉と道連れになる事が
自分にとっては何よりも不幸で
言葉を追いかけても追いかけても
何故か絶対に、
追い付けないような気がした



  ー罠の様に小さく囁かれる言葉について

無題


自分の事が手に負えなくなってしまった
泣くために音楽を好きになった
誰の言葉を借りても自由になれないのは、自分以外のものから発せられた全てを、拒否して、拒絶して、嫌っていたからなのに、そうしてしまう自分が嫌になった

新約聖書を読み始めた
まるで読み始めることが最初から決まっていたみたいに
僕の人生は、僕がいくら力を注いだって、もう決まっているような気がした
或いは力を注ぐ行為自体をも支配されているような気もした

君が、自分の意志で人生を選んだ事が無いという話をする度に、悲しんでいるように見せて心の中ではこの世界を馬鹿にしているのを僕は分かっている。
小さな箱の中で男の人生の道具になった君が、幸せそうなふりをして大きな声で"世界"と叫んだことも僕は知っている。

本当は誰かに認められたくて、愛されたくて必死な事も全部全部分かっている。君の劣等感は単なる気休めで、救いの手が差し伸べられたら平気な顔でそれを振り払うような、他人の困惑した頭が大好きな君、

僕は君に罰を与え続けて快感を覚えている
可哀想になる君を見ていると、
景色が滲んで意識が強張る

他人の困惑した頭が好きなのに
自分が困惑すると酷く恥ずかしくなって
泣いてしまう様な君が、
人を思い続けることが出来ない自分から
離れてしまったらいけないよ
離れてしまえば、僕が与える罰以外を理由に、君はとんでもなく大きな渦のような黒い影に覆われて深く困惑してしまう

そうなると、もう、駄目だ
僕の与える罰が無視されるという事が、
初めから決まっていたことならば
僕の人生は何の為の物だったのか教えてほしい
君が、思い続ける事の出来ない人であることを望み、君を泣かせる事が出来るのは僕だと言う事を、僕が正常なうちに
君という女の為だけに書いている

幻覚

無理矢理に読んだ本が少しの不安に重なり、
文字が崩れて頭に散らかる
文で表された絵画が記号のように連なって、
清潔感の無い泡のようなものが脳を抜けて目から溢れている

汚らわしい物からしか汚らわしい物は生まれない、
叫び声が聞こえて耳を塞いだ自分の姿を想像すると
幻覚の中で君が揺れる

透明な色とは裏腹に清潔感が無いものは適当に道を行ったところで突然横から現れた鋭利な叫び声に突き刺されて死んだ、
停止すると何も思わなくなった、何も思えなくなった

危険信号がずっと点滅しているのを
幻覚の中の君が運転する車の助手席でずっと見ている
進むことも停止することも、
どちらとも関係の無いことで、
どちらでも良い
勝手に進んでいく車道が大きく湾曲する
赤信号になると聞こえる叫び声に合わせて
君がまたムンクの叫びの話をする

遠くから誰かの叫び声が聞こえて耳を塞ぐ
耳を塞いだ自分の両手に君の手が重なって
初めて君の温度を知ったら事故にあった
君の運転で逝く場所が決まるのに、
ハンドルを手放すなんて許さない

そう思って君の手を思い切り引っ掻くと
君の柔らかな肌が抉れてしまった
事故にあったままの君と二人で君の抉れた肌を探した、
湾曲したままの道路にはいつの間にか初雪が降っていて、
辺りは真っ白になった

大きく反り返る白い肌の身体の上で
君と二人で肌を探している
遠くから誰かの叫び声が聞こえても
もう耳を塞ぐ余裕がなかった

人間の欠片が落ちた君は
人間味を探すのに必死で
初雪にも気づいていない

時折思い出したように

「だってムンクが聞いた叫びって、ムンク自身の中にしか存在しなかった幻聴でしょう?ムンクの叫びという絵には幻聴の世界故の不気味さしか僕には見当たらないね、何か文句ある?」

と言い放つ幻覚の中の君を、
ハンドルを手放しても尚、好きでいる事を此処に記して深く反省したならば、もう二度と会えないように車内に閉じ込めたい

意識


脱水症状夏の死
壊れた画面の亀裂から見える生活
生活が落ちたら非現実が溢れた

毎日調子が悪い
毎日が非現実に浮かんでいる

自分という存在が
自分自身から勝手に遠くへ離れていく
それは体内から血液が抜けていくのと同じ様で
街の中でも背筋が伸びた
遠くの自分が怖くて 少し痛い

毎日調子が悪い
毎日が非現実に浮かんでいる
一日一日が少しずつ浮かんでいって
とうとう触れられないまま
手の届かない場所に行ってしまった
毎日がそうやって過ぎていく

過ぎていった毎日の中に彼の意識が在った
制服の内側から白くて小さな丸い、
粒の一覧を取り出す
優越感と正当な逃げ道を探している
教室を出て右に曲がった突き当り 水道の前
その場所なら少しだけ強くなれると
全ての強制を無駄にできると
彼は意識の中で思っていたに違いない

彼の意識が自分の非現実に在ると
浮かびかけの毎日が
重くなり、少し沈んだ
重くて不必要な他人の意識

意識は抑えきれない声になって
彼の口からは言葉が出る
意識は言葉になった途端に弾け
沈みかけた毎日がまた浮かんだ
それを、触れようともせず
ずっと眺めている

彼の言葉だけが非現実に浮かび残った
まだ浮遊していて
もう何処にも行かないで
毎日が過ぎていく

反芻


「現実を良く見れば何一つ輝いているものがないのに何故其れは頭の中に長いこと居座っているのか」と思い、手首の皮膚を確かめる様に撫でる、撫でる度に頭が背後から抑えつけられながらも眼前から思い切りに殴られている様な感覚、持つ手は震えて感覚が鈍くなった、五年前にも、四年前にも、三年前にもこの様な感覚を態々感じる事が出来て本当に本当に良かったと思っている 時々優しい時があってその瞬間だけが今でも要らないものだったと信じる もらった手紙を捨てた 信じている事は真実だと思った 誰の記憶の中でも自分の顔をした自分じゃない誰かが存在しているのならば、確かな優しさや思い出すだけで懐かしくなる様な事は全て他人の人生の中に在るものだった ノスタルジックと言う言葉が好きだ、でも、誰の言葉を借りても自由になれない

「結婚したら白無垢が着たい」と言った人、電車の中で、それが頭の中に張り付いて今日も眠れない 愈々自分自身の事が何よりも誰よりもどうでも良い存在になる 自分の言葉は無意味で無価値 電車の中の他人が言った願い事に眠れない程反応し、羨ましくなったりする

「そんな子がこの家に居る資格は無い」と怒鳴られた子供 「資格?」とすかした顔で言う、時折別の意識で笑っている 馬鹿みたいな茶番を背後から見ている 全部が誰かに操られた舞台みたいだ、寂れた街の誰も来ないような汚いシアターで披露されるくだらない舞台

「もう無理かもしれない」そんな事を毎日の様に言っていたくせに、夏休みの間由比ヶ浜に行って波風を感じるなんて 君きっとどこか狂っているよ、許す許さないの問題じゃない、狂ってる

「自分より生きている人のほうが命の重さを分かっているみたいな風潮」と思わず書いた、何も知らないくせに子供だからと馬鹿にされた 大人が怖くて誰にも相談できなかった 高瀬舟の小論文も学級日誌の日記欄も全部遺書にした

「五年前から毎日同じ夢を見る」という題名の本を買った 絶対に嘘でしょうね と思った、どれだけ記憶に自信が有っても 夢は、夢だけは毎日覚えていられない もしかすると五年前から毎日見る同じ夢は思い込みなのかもしれない 朝起きてから妄想し、妄想したものを勝手に夢だと思い込んで譲らない 記憶に自信があっても小学生の頃保健室で泣いた理由や合唱練習中に助けてくれた手の持ち主を覚えていられない 思い込めば良い、毎日同じ夢だと思い込んで譲らなければ良い 知らない犬が家の前で吠え続けて邪魔になった、過去の事を思い出せない夢が五年前から続いている

幽閉


知らない旗に色を添えて僕らは国歌を歌った
街中に気高い意識が溢れると
毎晩のように明るい夜が訪れた

喩えその気高い意識が
他人から盗んだものだとしても
僕らは明るい夜を謳歌する
毎晩のように息が苦しい

朝、銃声に耳を澄ます
小鳥の囀りはいつでも煩くて
此処に在る物全てが消えて無くなっても
何も悲しくないと思った

息が苦しくて それを誤魔化すように
僕らは銃声と共に歌を歌った
そのどれもが煩く 必要のないもの

深く関係のない事情
知らない苦痛を目の前にして
立ち向かう勇気もないままに
僕らは大人になった
それも、悲しくないと思った

夜は何度も何度も訪れて
街を賑やかにした
僕らにとって街は煩く
必要がない

賑やかな街を後にして
森の奥へ走る
逃げるように駆けると
いつの間にか一人になった

冷たい石の上
汚い花束、刻まれた僕の名前

背の高い老父
優しい 僕よりも子供の目
手を差し伸べられたら
何かが始まって
何かが終わった

穴の開いた僕の体 必要のない
それを確かめるように
老父は僕の心臓の上を撫でる

何かが始まって
何かが終わった

懐かしい暗闇に目を伏せて
僕は悲しむことができずにいる

老父に触れられた心臓の中から
誰かの視線を感じて驚くと
僕の体は石の上に倒れた
冷たい石の感覚は脆くなり
皮膚が溶かされていく 
埋まるように吸い込まれて動けなくなった

老父は僕の心臓の上に花束を置いた
僕の体に蓋をするように
溢れる視線を閉じ込めるように

喩え僕の体が永久に閉ざされることが
死の始まりだとしても
何も悲しくないと思った