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ドッペル原画展

歯医

横になった途端に自分の身体は夜になる
明かりを塞ぐ瞼が時々痛んで、
長い器官を含めた文章が書けなくなった
思い出せばどうしても自分の事を許せない話ばかりが溢れていて気が遠くなる

大きく開かされた口の中に迫ってくる知らない音楽が、奥歯のそのずっと奥を傷付けて大切な何かをすり減らしていく事に気付くと、口の中に潮の味がして、誰かが作った悲しい言葉達にいつも泣いた

明かりを塞ぐ瞼をうっすらと開くと、銀色の冷たい光が自分の口の中に何本も何本も含まれているのが見えた
このままずっと口を開いていて、ずっとそうしていればきっと、救いの無い話を思い出せそうだと思った

その光景はいつか見た狼の感触がある夢の一部ようで、横になったまま口の中に光を含む事の出来る場所は、夢か、今のこの場所しか無いのかもしれないと眼の奥で文字を浮かべた
此処がレンタルビデオ店になれば、いずれは救いの無い事柄のせいで自分は死んで、何も思い出せないまま、口の中を冒されたまま、夢の一部を思い出しながら、何処かに行ってしまうかもしれない


何処かへ行く途中でこの間見たチャイナ服の女の子に会った 彼女はまた大きな箱を持っていたけれど、今度はそれを被らず服の中から丸めた紙を取り出してこっちに向かって投げつけた

紙を拾おうとしたけれど手が動かず
その紙を無視して通りを歩く
いつの間にかちゃんと通りが出来ていて
街頭が遠くまで列に並んで見えた
いま通りを歩いている自分は口を開け横たわっている自分でも、夢の中の自分でも、あらゆる自分のどれでもない
次第に街頭は地面に沈んでいき、代わりに夢の一部が段々と形になった 目の前に夜の膜が落ちてきて、開かない窓の付いた壁が自分を囲んでいくと、檻の中に閉じ込められた様な気分になったけれど逃げたいとは思えなかった
最近の活力というもの、自分の行方や意思を考えて動く為のエネルギーというものが何処かへ消えて無くしてしまったと感じる 占いには活力が漲る五月、と書かれていたけれど 騙されていたのかもしれない

横たわって口を開けている自分が、夢の中にあるベッドの上で横たわっている自分と同じ物になっていくのが分かった
一番会いたかった物が自分の体の中に入っていくような感覚をどちらの身体でも感じる事が出来た その感覚は元々あった場所に自分の身体が戻っていく様な安心感があって、それでもどこか不安で酷く寂しさのあるものだった

口に含んだままの光は夢の中を照らして、自分の上に覆いかぶさる狼の顔をはっきりとさせる
狼の紫色の舌が口内に収まらないまま溢れて、滴る唾液が鎖骨の上に落ちる まだ読みかけの本があって、まだ書きかけの文章があって、まだ行っていない行きたい場所があって、会いたいけれど会えていない人もいたかもしれないけれど、そんな蓋然性の無い事はもう忘れて、全部忘れて、光の下で横たわる瞼は閉じられたまま、夜の中浮かんだ遺書の横に、誰かの歯が落ちている