ドッペル原画展

憑依

本当の僕について
息がしずらくなる程に部屋の隅々まで時間がありふれている時や、持て余した時間の中で何も出来ずただ変則的なリズムで息をしている間に僕の頭の中で繰り返し繰り返し問われ、空の色が濃くなった頃にはすっかり忘れている 本当の僕について

大きな何かに自分の言葉を伝えられるならば「年をとってもずっと一緒に居たいと思える友達はいないけれど、でも、一緒に海に行きたい友達なら1人くらい居てもいい」と人に笑われる様な事が言いたい

そしてもうひとつ「母親という存在はなんだかいつも可哀想だけど、世の中の母親が皆そうならば僕はどうやって感謝すればいいかいつも分からなかった」と言って少し泣きたい

今日、母が泣いて僕は困った
妹の影や祖父の影がちらついて僕も少し涙が出た
姉の身体に入って泣くと、姉も泣いた

姉は手に取るように僕の事を理解している
生まれてくるはずだった僕が、母の中で死んだ代わりに僕は時々姉という器に入る事をする

性別を超えるような精神的な一致や言葉を考える長さの一致がとても心地よく、僕の本当の姿は姉なのではないかと思う

本当の僕について考える時、
僕の器も大抵本当の自分について考えている
吸えない空気が目に見えて揺れると、器は身体をベッドに押し付けて何処か遠くの深くて広い部分に消えていく

姉が好きだと言って何回も聴いた曲
本当は姉ではなくて僕が好きな曲だった
気づかないままで、ずっと生きて
ずっと全てを信じていて欲しい

姉が消えた深く広いその部分は、
僕がいた母体に繋がっている気がして怖い思いをする
そこまで一向にたどり着けない

母は僕のいない時間の中を生きて、
全然僕の事を気に留めなかった
僕は母に向かって何かを祈る事も
母の記憶の中に息を残すことも
帰依する事さえもできない
僕はいつまでも姉の中で迷い
姉の身体の中に溶けたい


調子が悪い一日だった
何かを食べると、自分が酷く過食している様な気がして身体の事を醜く感じたり、色々な物事を何一つ頑張りたくない気分になったりして、酷く疲れた

色々な物事というのは、目の前に積み重なる押し付けられた義務 あるいは自ら望んだはずの物事、それよりも先にある未来のような長い日々とか、それよりも全然奥にある根本的な事(身体を起こしてカーテンを開けて、顔を洗ってご飯を作る、歯を磨いたり掃除をする)だと思う

とにかく、目先にある物事もその奥にある物事もそのもっと奥にある物事も、全部何一つとして頑張りたくなかった それが押し付けられた義務だとしても、自分が望んだものだとしても、どちらにせよ身体が動かなかった


一日中何もしないままで居る事に嫌気が差してパソコンでエヴァンゲリオンQのDVDを観る事にした その後に銃と風の歌を聴けを読んだ

観たり読んだりする一連の行動の中には、耐え切れない程の暇とふとした感覚の繋がりがある

ハートフィールドが好んだもの三つの内、二つは銃と猫だったけれど、その前に読んだ小説の中で既に猫は銃に殺されてしまった

自分が何かの感覚で選んだ順序に、時折何かの繋がりを見つける事がある
もちろん、違う小説の中 違う世界の中 違う人が書いた文章だから、雰囲気の繋がりや思想の繋がりは見えたりはしないのだけれど、その順序の中には言葉単体の繋がりが存在している

言葉だけが本の上をすり抜けていつまでも纏わりついてくる
銃や猫、見えないもの、神、キリスト、
中野、長野、松本、カフカ
すり抜けた言葉が文章を超えて一つの物になった時、全ては元々一つの物事だった様に思える

その言葉によって何かが伝わったり何かが分かったり何かを悟ったりする訳では無いのに、偶然は存在しないのだと思ったり自分は初めから本を選ぶなんて事をしていなかったのではないかと考えたりする きっと何も頑張りたくない気分のせいで、そういう風な状態になる

この繋がりが偶然でも選んだ事でもないのだとすれば、纏わりついてくるこの言葉は、私にとっての何者かであり、大きな意味があるものなのだろうと錯覚をする
それが嬉しい

知らない誰かが、私に物事の繋がりを無理矢理選ばせ、言葉をすり抜けさせた挙句全ての物事を一つにしようと企んでいるのならば、私が何も頑張りたくない気分になる事や何も頑張れなくなってしまう事を許して欲しいと思う
いずれ一つになる物事ばかりなのだから

歯医

横になった途端に自分の身体は夜になる
明かりを塞ぐ瞼が時々痛んで、
長い器官を含めた文章が書けなくなった
思い出せばどうしても自分の事を許せない話ばかりが溢れていて気が遠くなる

大きく開かされた口の中に迫ってくる知らない音楽が、奥歯のそのずっと奥を傷付けて大切な何かをすり減らしていく事に気付くと、口の中に潮の味がして、誰かが作った悲しい言葉達にいつも泣いた

明かりを塞ぐ瞼をうっすらと開くと、銀色の冷たい光が自分の口の中に何本も何本も含まれているのが見えた
このままずっと口を開いていて、ずっとそうしていればきっと、救いの無い話を思い出せそうだと思った

その光景はいつか見た狼の感触がある夢の一部ようで、横になったまま口の中に光を含む事の出来る場所は、夢か、今のこの場所しか無いのかもしれないと眼の奥で文字を浮かべた
此処がレンタルビデオ店になれば、いずれは救いの無い事柄のせいで自分は死んで、何も思い出せないまま、口の中を冒されたまま、夢の一部を思い出しながら、何処かに行ってしまうかもしれない


何処かへ行く途中でこの間見たチャイナ服の女の子に会った 彼女はまた大きな箱を持っていたけれど、今度はそれを被らず服の中から丸めた紙を取り出してこっちに向かって投げつけた

紙を拾おうとしたけれど手が動かず
その紙を無視して通りを歩く
いつの間にかちゃんと通りが出来ていて
街頭が遠くまで列に並んで見えた
いま通りを歩いている自分は口を開け横たわっている自分でも、夢の中の自分でも、あらゆる自分のどれでもない
次第に街頭は地面に沈んでいき、代わりに夢の一部が段々と形になった 目の前に夜の膜が落ちてきて、開かない窓の付いた壁が自分を囲んでいくと、檻の中に閉じ込められた様な気分になったけれど逃げたいとは思えなかった
最近の活力というもの、自分の行方や意思を考えて動く為のエネルギーというものが何処かへ消えて無くしてしまったと感じる 占いには活力が漲る五月、と書かれていたけれど 騙されていたのかもしれない

横たわって口を開けている自分が、夢の中にあるベッドの上で横たわっている自分と同じ物になっていくのが分かった
一番会いたかった物が自分の体の中に入っていくような感覚をどちらの身体でも感じる事が出来た その感覚は元々あった場所に自分の身体が戻っていく様な安心感があって、それでもどこか不安で酷く寂しさのあるものだった

口に含んだままの光は夢の中を照らして、自分の上に覆いかぶさる狼の顔をはっきりとさせる
狼の紫色の舌が口内に収まらないまま溢れて、滴る唾液が鎖骨の上に落ちる まだ読みかけの本があって、まだ書きかけの文章があって、まだ行っていない行きたい場所があって、会いたいけれど会えていない人もいたかもしれないけれど、そんな蓋然性の無い事はもう忘れて、全部忘れて、光の下で横たわる瞼は閉じられたまま、夜の中浮かんだ遺書の横に、誰かの歯が落ちている

乱歩


恐らくそれは気の迷いだった
遠くに在るコンビニエンスストアへ行く事を想像して歩いていると、突然目の前の電柱にぶつかって額から血が流れる それは誰かが落とした遺書もしくは結婚届あるいは離婚届を拾い勝手に何処かへ提出したふりをする事、提出するまでの期間を想像以上に長く用意して何処かの島まで行く事とそれ程大きくは変わらないのではないかと自分は迷っていた

想像していた場所や世界へ向っている時、
他人が人為的に用意した硬くて超せない高さが突然に現れていて現れた事にも気付かずにその硬さに突進して怪我をする事が多い、とタクシーの運転手に話すと「分かります」と笑顔で言われ、この世界は正気じゃないと思う こんな意味のわからない話自分でも意味が分からないのに

本当にこの宛先付きの遺書を何処かに提出した ふり をするまでに長い休みをとった
どのくらい長いかというと、一応無期限にした
そのくらい自分には時間が必要な気がして
そのくらい長くないと何にもぶつかる事ができない気もした(そもそも想像する様な世界や場所が本当の事を言えば殆ど無いのだから、このまま何処へも動かなければいいのに)

島を想像して唯一思い付くのが、島嶼
ハノイ島で、でも九龍も思い付いた
島じゃないけれど九龍城砦があって、九龍城砦は自分の中で島の様に何か大きなうねりに囲まれた孤高の生きるジオラマみたいな物という印象があったからだと少し思う

取り計らって小さな文字で封筒の中心に遺書と書かれた裏、知らない宛先の住所を黒いインクで塗りつぶしてその横に小籠包の絵を描く
味が出てとても遺書とは思えなかった そして直ぐに何となく具合が悪くなる 遺書の封筒を開けて内容が知りたい、それを我慢しすぎて具合が悪い

ポケットに遺書を入れて飛行機から降りる
周りは知らない言葉を話す人間ばかりで自分一人場違いな気分を感じながらも、八時間も飛行機に乗っていたのに一睡もせず小籠包と自分の住所を書いただけだった事に驚く
空港の中を歩いて行くと大きな箱を持ったチャイナ服の女の子が遠くに見える 耳の上で丸く纏められた髪の毛はパンダの耳に似ていて可笑しい 女の子は目の前に来て、瞼を誰かに無理矢理開かされているみたいに目を大きく見開きながら頭に箱を被せた

そういえば、
封筒の中の紙には何も書かれていなかった
この遺書が自分の元に届いたという印をつけるように、誰かの覚悟や苦悩の代わりとして自分の住所を書いた
これは何処にも届かなくて良かった遊びの様な紙切れなのかもしれないのに、自分は今何かをせき止めて自分以外誰も予想もしなかった致命的な間違えをしている気がしてならない
遺書が進むべき道筋の上で、自分はひたすらに高い硬さとなって呼吸をしているこの曖昧な状況を、その不確かさを、誰かに伝えたくて夜になるのを待つ


 
 気味の悪い比喩表現について,(1977)
 Dopeeee education cosmic,(1985)
            


ランドセルを掴まれると地面から足が離れて身体が宙に浮いた、掴まれたランドセルに自分の背中が引き寄せられるみたいにぴったりと張り付いたまま身体は何度も何度も何度も回って最後には地面に放り投げられた 宙に浮いたばかりだった足は空気を切った感覚を忘れられないまま震えてばかりで力が入らない 放り投げられた地面からは何も考えられない雑草が生えていて、何も考えられない花が枯れそうに変色し始めていて、その時は特別いい身分だと思った 震える足に怒り懇親の力みたいな可笑しな気力が入り始めた途端思い切り草とその横を通る蟻を踏み潰して水道がある下駄箱に向かった 血が出た掌の風景が、本当にあったのかそれとも今創ったのか夢なのか分からない
過去の風景や過去の出来事を勝手に創って自分の過去に確かに存在したものだと決めつける癖がある 友人は死んでいないのかもしれないけれど、自分の過去に友人は死んでしまった 最悪な思い出を幾らでも思い出すことが出来て、思い出す度に本物と偽物の区別がしづらくなった、時々区別はもうどうでもいいかなと思ってくる、ただ、宙を回った事は本物の過去であってほしい

宙を回るのはとてもいい気分だった
回っている自分の事を思い出すと泣き叫んでいて本当に面白い どうしても笑えない時に宙を回る自分を思い出す 全然怖くないのに、怖くなかったはずなのにどうして泣いているのだろうと思う
周りの子供達に混ざって一緒に笑いながら泣き叫び回される自分を囲って眺める、色々な原因が此処にあるのかもしれないと考えてしまう 解決しようにも回転の先をただ見つめて笑うことしかできないやるせない気分で、頭が回る
誰も止めない回転がやっと終わった時に、子供達と一緒に回転を眺めていた自分の顔が歪む 膝とか、掌から血が溢れていて気味が悪い 気味悪く泣き叫んでいた人間が何かを踏み潰して走るとまた笑いが起こって、子供達は走る人間を追いかけて、水道の前に着くと手を叩いて大きく笑った

連絡


何を信じればいいのか分からない時に何かに向けて祈り願うことは時々自分の事を超えて予想も出来ない行動や言動を生み出してしまうことが在る、脳の意識が起こす予想外の生き方を第三者の目で観てしまうことも在るということを身を持って実感したと同時に、大変な病にすでに僕の言葉は冒されているという事を、この冬に知った

大きな神様のような国家に包まれて意志が神様にコントロールされた末に宇宙の様に不可解な現実が自分を超えてしまった時、その時に何を信じて何を比べて何を見ればいいのかを考えたくなる、と白衣の男に言うと真っ赤真四角鋭利な固形物を手の平に乗せられ軽く微笑まれ、そして僕は無理やりに服を脱がされ、軽く微笑まれ、気付くと其処は誰もいない海でした
僕は丸い鏡を持ち、それを太陽に透かす
透けた光が文字を作って恐れ慄く古代神

今自分は国に守られ国に存在しているのに、国の意志を知らない気がした 神様に動かされているこの脳は自分の物なのに神様の意志は全く透けないのが微笑ましく
そして不気味な事だった

雑記


天国や地獄やリンボ
神様や仏様は人間が創りだした幻想で、
人魚もまたその幻想の一つ

死んだら自分はリンボへ逝くと思う
死んだら魂は幻想に溶けて、
生まれ変わるために骨になりたい

Q.魂という幻想は、
天国や地獄という幻想へ向かうのに
死ぬまでに過ごしてきた時間という
真実 現実 事実は一体何処へ向かうのか

A.時間は海へ向かい、海に溶けて塩になる
元の場所へ戻ろうとする時間が、死体に逆らって鱗になる
幻想はその死体が持つ真実を食べる

とのことです 神様

生きていたらいつの間にか、
全てが幻想になった気がする
幻想が真実も時間も全部食べていく

自分が生きている此処が時々全部夢になる
自分以外の全員が夢の中の架空の登場人物でしかない、
もしくは今見ているのは自分ではない誰かの夢なのだと僅かに幸せな勘違いをする時がある 

「自分は常々
    夢の様な世界に包まれて生きる」

幻想に包まれたまま、海底の様に冷たくて大きな暗闇へ落ちて、ゆっくりと生きた時間が海に溶けて塩になっていく感覚を知る時、きっと自分は全ての時間を取り戻したいと願う

時間を取り戻したいと願う事が
死を想うという事ならば
メメント・モリと言う言葉は
どれだけ塩臭く、
どれだけ穏やかでないのだろう

どれだけの悲しみと幻想への怒り
知る由もない自分の骨への妄想が
もう決して膨らまない肺と一緒に
どれだけ溶けるのか見てみたい

戦争で死んだ人々の溶けた時間が
言葉と共に塩の柱になる光景が
舞台上に見えて涙が出る
自分は一度も死を想った事がない

「海の底へ沈む人間は、
          皆死にたがっていた」

自分にとっての"時間が溶ける海"は この夢の様な日常そのもので、いつだってその海に沈もうと思えば沈める場所にある

とても身近でとても深く、
既にもう一人の自分が沈んでいるかもしれない

そう考えると途端に怖くなり、
極端に大きな君の掛け声と
心を読むことの出来る君の才能だけを信じた
・今はまだ本当は死にたくないという事
・まだ自分は死んでいないはずだと願う事
この二つをわざわざ帰り道に確認し
そして願うと、何故だか身体を取り囲む幻想全てを、
幻滅させたい気分になった

誰かが死にたくて僕の海へ飛び込む時、
どんなに死が近くにあっても
死を思う事は難しい
君は幻想という殻に守られて
死を感じる事は出来ない
というたった四行の注意書きを目にして
遠くへ逃げてゆく