ドッペル原画展

意識


脱水症状夏の死
壊れた画面の亀裂から見える生活
生活が落ちたら非現実が溢れた

毎日調子が悪い
毎日が非現実に浮かんでいる

自分という存在が
自分自身から勝手に遠くへ離れていく
それは体内から血液が抜けていくのと同じ様で
街の中でも背筋が伸びた
遠くの自分が怖くて 少し痛い

毎日調子が悪い
毎日が非現実に浮かんでいる
一日一日が少しずつ浮かんでいって
とうとう触れられないまま
手の届かない場所に行ってしまった
毎日がそうやって過ぎていく

過ぎていった毎日の中に彼の意識が在った
制服の内側から白くて小さな丸い、
粒の一覧を取り出す
優越感と正当な逃げ道を探している
教室を出て右に曲がった突き当り 水道の前
その場所なら少しだけ強くなれると
全ての強制を無駄にできると
彼は意識の中で思っていたに違いない

彼の意識が自分の非現実に在ると
浮かびかけの毎日が
重くなり、少し沈んだ
重くて不必要な他人の意識

意識は抑えきれない声になって
彼の口からは言葉が出る
意識は言葉になった途端に弾け
沈みかけた毎日がまた浮かんだ
それを、触れようともせず
ずっと眺めている

彼の言葉だけが非現実に浮かび残った
まだ浮遊していて
もう何処にも行かないで
毎日が過ぎていく

反芻


「現実を良く見れば何一つ輝いているものがないのに何故其れは頭の中に長いこと居座っているのか」と思い、手首の皮膚を確かめる様に撫でる、撫でる度に頭が背後から抑えつけられながらも眼前から思い切りに殴られている様な感覚、持つ手は震えて感覚が鈍くなった、五年前にも、四年前にも、三年前にもこの様な感覚を態々感じる事が出来て本当に本当に良かったと思っている 時々優しい時があってその瞬間だけが今でも要らないものだったと信じる もらった手紙を捨てた 信じている事は真実だと思った 誰の記憶の中でも自分の顔をした自分じゃない誰かが存在しているのならば、確かな優しさや思い出すだけで懐かしくなる様な事は全て他人の人生の中に在るものだった ノスタルジックと言う言葉が好きだ、でも、誰の言葉を借りても自由になれない

「結婚したら白無垢が着たい」と言った人、電車の中で、それが頭の中に張り付いて今日も眠れない 愈々自分自身の事が何よりも誰よりもどうでも良い存在になる 自分の言葉は無意味で無価値 電車の中の他人が言った願い事に眠れない程反応し、羨ましくなったりする

「そんな子がこの家に居る資格は無い」と怒鳴られた子供 「資格?」とすかした顔で言う、時折別の意識で笑っている 馬鹿みたいな茶番を背後から見ている 全部が誰かに操られた舞台みたいだ、寂れた街の誰も来ないような汚いシアターで披露されるくだらない舞台

「もう無理かもしれない」そんな事を毎日の様に言っていたくせに、夏休みの間由比ヶ浜に行って波風を感じるなんて 君きっとどこか狂っているよ、許す許さないの問題じゃない、狂ってる

「自分より生きている人のほうが命の重さを分かっているみたいな風潮」と思わず書いた、何も知らないくせに子供だからと馬鹿にされた 大人が怖くて誰にも相談できなかった 高瀬舟の小論文も学級日誌の日記欄も全部遺書にした

「五年前から毎日同じ夢を見る」という題名の本を買った 絶対に嘘でしょうね と思った、どれだけ記憶に自信が有っても 夢は、夢だけは毎日覚えていられない もしかすると五年前から毎日見る同じ夢は思い込みなのかもしれない 朝起きてから妄想し、妄想したものを勝手に夢だと思い込んで譲らない 記憶に自信があっても小学生の頃保健室で泣いた理由や合唱練習中に助けてくれた手の持ち主を覚えていられない 思い込めば良い、毎日同じ夢だと思い込んで譲らなければ良い 知らない犬が家の前で吠え続けて邪魔になった、過去の事を思い出せない夢が五年前から続いている

幽閉


知らない旗に色を添えて僕らは国歌を歌った
街中に気高い意識が溢れると
毎晩のように明るい夜が訪れた

喩えその気高い意識が
他人から盗んだものだとしても
僕らは明るい夜を謳歌する
毎晩のように息が苦しい

朝、銃声に耳を澄ます
小鳥の囀りはいつでも煩くて
此処に在る物全てが消えて無くなっても
何も悲しくないと思った

息が苦しくて それを誤魔化すように
僕らは銃声と共に歌を歌った
そのどれもが煩く 必要のないもの

深く関係のない事情
知らない苦痛を目の前にして
立ち向かう勇気もないままに
僕らは大人になった
それも、悲しくないと思った

夜は何度も何度も訪れて
街を賑やかにした
僕らにとって街は煩く
必要がない

賑やかな街を後にして
森の奥へ走る
逃げるように駆けると
いつの間にか一人になった

冷たい石の上
汚い花束、刻まれた僕の名前

背の高い老父
優しい 僕よりも子供の目
手を差し伸べられたら
何かが始まって
何かが終わった

穴の開いた僕の体 必要のない
それを確かめるように
老父は僕の心臓の上を撫でる

何かが始まって
何かが終わった

懐かしい暗闇に目を伏せて
僕は悲しむことができずにいる

老父に触れられた心臓の中から
誰かの視線を感じて驚くと
僕の体は石の上に倒れた
冷たい石の感覚は脆くなり
皮膚が溶かされていく 
埋まるように吸い込まれて動けなくなった

老父は僕の心臓の上に花束を置いた
僕の体に蓋をするように
溢れる視線を閉じ込めるように

喩え僕の体が永久に閉ざされることが
死の始まりだとしても
何も悲しくないと思った

湯眼


誰もが皆お金を振りまいている
慈悲と慈愛の違いが分からない僕は
木の魚を食べて教会へ向かう

誰もが皆お金をばら撒いていて、
僕は咄嗟に木の魚を食べる
急いで教会へ向かうと
君のタイムラインが壁一面に露呈されていて
床には僕のタイムラインが露呈されていた

パトラッシュが死んでいる
タイムラインが流れだして
文字すら読めなくなった

慈悲も慈愛も分からない僕が
床に流れるタイムラインに触れると
指先が埋まり手首まで飲まれた

誰もが皆お金をばら撒いていて
僕だけが知らない事を
誰もが皆全て理解している

慈悲慈愛虚偽真実も
埋まる僕の結末も
僕以外の誰もが皆知っていた

敬具


拝啓 
夏の終わりを如何お過ごしでしょうか
目眩がしそうな季節の移り変わりに
貴方もそろそろ飽きてきた頃でしょう


それはそうと、どうしていつも貴方は貴方の扉を開いて右に曲がり、突き当りにある空色の扉を開こうとはしないのですか

目眩がしそうな季節の移り変わりに
貴方も危うく飽きてきた頃でしょう

扉の中の世界も、
目眩がしそうな程に変わることのない世界に飽き飽きしているのが少しは分かるはずです

その扉の向こうに閉じ込められている淡い光のような球体が、貴方の手によって弾かれたいと思うような瞬間が、その瞬間こそが、夏の終わり

貴方が幾つの季節を越えようとも
決して触れようとしなかった球体は
危うい事に今、
溶け出そうとしている事を此処に伝えます

閉じ込められたまま
貴方の中で溶けて死んでゆくのです

存在しているのに閉じ込められた球体は
貴方が思い出さない様にと必死に隠している
存在だけを持つ夏の終わり
溶け出してしまえば扉の向こうは空になり
空色の扉の意味も無くなるでしょう

貴方はその光を 淡い光の色を
思い出す事もなく忘れていくのです

まるで誰かが乱雑に散らかしたような雲や
噎せ返る空気の隙間
不自然な誰かの声と自然な誰かの憂鬱
水面に浮かんだ麦わら帽子と真っ白な靴、
海に消えてしまった愛しい体さえも