ドッペル原画展

乱歩


恐らくそれは気の迷いだった
遠くに在るコンビニエンスストアへ行く事を想像して歩いていると、突然目の前の電柱にぶつかって額から血が流れる それは誰かが落とした遺書もしくは結婚届あるいは離婚届を拾い勝手に何処かへ提出したふりをする事、提出するまでの期間を想像以上に長く用意して何処かの島まで行く事とそれ程大きくは変わらないのではないかと自分は迷っていた

想像していた場所や世界へ向っている時、
他人が人為的に用意した硬くて超せない高さが突然に現れていて現れた事にも気付かずにその硬さに突進して怪我をする事が多い、とタクシーの運転手に話すと「分かります」と笑顔で言われ、この世界は正気じゃないと思う こんな意味のわからない話自分でも意味が分からないのに

本当にこの宛先付きの遺書を何処かに提出した ふり をするまでに長い休みをとった
どのくらい長いかというと、一応無期限にした
そのくらい自分には時間が必要な気がして
そのくらい長くないと何にもぶつかる事ができない気もした(そもそも想像する様な世界や場所が本当の事を言えば殆ど無いのだから、このまま何処へも動かなければいいのに)

島を想像して唯一思い付くのが、島嶼
ハノイ島で、でも九龍も思い付いた
島じゃないけれど九龍城砦があって、九龍城砦は自分の中で島の様に何か大きなうねりに囲まれた孤高の生きるジオラマみたいな物という印象があったからだと少し思う

取り計らって小さな文字で封筒の中心に遺書と書かれた裏、知らない宛先の住所を黒いインクで塗りつぶしてその横に小籠包の絵を描く
味が出てとても遺書とは思えなかった そして直ぐに何となく具合が悪くなる 遺書の封筒を開けて内容が知りたい、それを我慢しすぎて具合が悪い

ポケットに遺書を入れて飛行機から降りる
周りは知らない言葉を話す人間ばかりで自分一人場違いな気分を感じながらも、八時間も飛行機に乗っていたのに一睡もせず小籠包と自分の住所を書いただけだった事に驚く
空港の中を歩いて行くと大きな箱を持ったチャイナ服の女の子が遠くに見える 耳の上で丸く纏められた髪の毛はパンダの耳に似ていて可笑しい 女の子は目の前に来て、瞼を誰かに無理矢理開かされているみたいに目を大きく見開きながら頭に箱を被せた

そういえば、
封筒の中の紙には何も書かれていなかった
この遺書が自分の元に届いたという印をつけるように、誰かの覚悟や苦悩の代わりとして自分の住所を書いた
これは何処にも届かなくて良かった遊びの様な紙切れなのかもしれないのに、自分は今何かをせき止めて自分以外誰も予想もしなかった致命的な間違えをしている気がしてならない
遺書が進むべき道筋の上で、自分はひたすらに高い硬さとなって呼吸をしているこの曖昧な状況を、その不確かさを、誰かに伝えたくて夜になるのを待つ


 
 気味の悪い比喩表現について,(1977)
 Dopeeee education cosmic,(1985)