ドッペル原画展

寝室

人を殺す夢ばかりみる。

もしくは既に殺していて、これからどうやって生きていこうか?と真剣に考えている夢。結局いつも、誰にも事実を言わずに全てを隠し通しながら生活していこうという流れになり、これから先の生活にとてつもない不安を抱えた気持ちで目が覚める。現実では人を殺してなくて良かったと心底安堵するが、その安堵が本物なのかどうか分からなくなる。これからどうやって生きていけば良いのだろうか?もし本当の自分が周りの人に見透かされたら?全て明るみに出て、一生を閉ざされたら?どうやって、生きていけばいいのだろう、そもそも、私はどうして人を殺してしまったのだろう。

私が殺人鬼なのは別の世界での話であり、現実の話ではない。現実での不安が夢に現れ、夢での不安が現実に現れる。こんな風に行き来するのには疲れた。私は夢を見たくない、しかしずっと現実だけを見るのにもうんざりする。現実が辛い。それは他人と比べてしまうから。自分が思うように生きられないこと、縛られた気持ち、抑え込まれた気持ち、全て諦めに繋がる。自分が思うように生きる才能やエネルギーが圧倒的に足りない。

また人を殺す夢を見た。確かクローゼットの中にあれは入っている。生々しい赤の血が足首から滴っていて、私はまたやってしまった、と思う。不安になる、これからどうやって生きていこう、もしこれが周りに知られたら?上手くやっていけるだろうか。もう、こうなったからには私の心は一生閉ざされたままだ。心の底から笑ったり、幸せを感じたりすることは出来ないだろう。永遠に近い暗闇に落ちていきながら、またもや目が覚める。音楽が聴こえてくる。サティのグノシエンヌ3番、1番、österreichのドミノのお告げ、天は神の栄光を物語り、いつの間にかまた夢を見ている。今度は現実の光景で、私は顔を洗い、コーヒーを入れ、テレビをつけ、鳥の映像を見ている。普段はこんな事をしないから、これは夢だと分かる。何かを構築したかった。物語が欲しかった。涼しさや、静けさが欲しかった。だから私は夢を構築した。現実から遠ざかりたい。なるべく長く、長く、長く、長く。

目を開けると立体的な風景が広がっている。というより、広がってしまっている。でもこの立体感は大切なものだというのは一応分かる。他者との距離、肉体の奥行き、様々な感触、長い道のり、交通機関、声色、全部私が今此処に存在するということを証明できる。

立体感の大切さに気付けた夜は、良い夢を見れるだろう。そしていつか、良い夢から戻れなくなった時、私は同時に死にゆくだろう。死には立体感が無い。だからいつも映像的で、原色で、影が無く、人を不安にさせる。

 

最近読んだ本

美しさが僕をさげすむ ウンヒギョン

破局 遠野遥

5月より 泉鏡花

貧しき人々 ドストエフスキー

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中村文則さんは再読で、もう10回くらい読んでいる。